Na+/H+exchanger (NHE-1)とは何か?
Na+/H+exchanger (NHE-1)とは、Na+(ナトリウムイオン)とH+(水素イオン)を交換する輸送体のことです。つまり、細胞内に存在する酸であるH+を細胞外に排出し、代わりにNa+を細胞内に取り込む交換器の役割を果たしています。このNHEには1〜10まであり、多くの組織に発現し、がんの代謝にもっとも重要なものはNHE-1です。
がん細胞の特徴の一つとして、がん細胞内のアルカリ化、がん細胞外の酸性化が重要であることがわかっています。
詳細はこちらを参照 → http://dr-hamaguchi.com/2018/12/02/cancer-ph/
がん細胞では、成長・増殖する過程で糖分の代謝である解糖系でエネルギーを産生し、その際に乳酸という酸がつくられます。がん細胞内にたまったこの酸を細胞の外に放り出す必要があり、がん細胞にはそのためのポンプが発現し、活性化しています。そのポンプの中でもっとも大切なものが、NHE-1です。
NHE-1は、がん細胞で活性化している
正常細胞の場合は、細胞内のpHは6.9-7.1くらいで安定し、NHE1は静止しています。細胞内が酸性化したときだけNHE1は活性化して酸を排出し、細胞内のpHが一定範囲内に保たれるよう調整しています。
一方、がん細胞では細胞内のpHが7.2-7.7、つまりアルカリになるようNHE1が常に活性化しています。がんになる前の異常細胞、つまり、前がん細胞の状態から数年間にわたり局所で慢性的なpH上昇が先行していることも報告されています。
つまり、NHE-1の活性化はがん細胞にとって根本的な特徴であり、がんの発現から増殖、進行に関わっていると言えます。
下記は、乳がん細胞のNHE-1の活性度をみた図です。
左のAの図はDCISと呼ばれる非浸潤がん(浸潤していない、おとなしいがん)、右のCの図は浸潤がんを示しています。Bの図はAとCの中間です。そして、赤い色素で染まった部分はNHE-1の発現を表しています。左のAでは、赤い色素は非常にうすくしか染まっていません。しかし、右のCでは真っ赤に染まっています。
つまり、乳がん細胞の悪性度が高くなるほど、NHE-1の活性度も上がっていることがわかります。
がん細胞のNHE-1をブロックする薬はまだない
NHE-1を抑制する物質はあります。アミロライド(amiloride)やカリポライド(cariporide)と呼ばれる薬理物質で、NHE-1の働きを調べるための基礎実験などで使われています。
しかし、がん治療のための薬剤としては、残念ながらまだ使えるものはありません。というのは、NHE-1はがん細胞だけでなく、正常細胞にも広く分布しています。
そのため、NHE-1を抑える薬というのは、危険な副作用の可能性が非常に高いのです。実際、治療薬の開発が行われていましたが、脳卒中の副作用により頓挫しています。がん細胞のNHE-1にだけ作用するような薬剤や、間接的にでもNHE-1の作用が抑えられるような方法が必要です。
参考文献)
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Cardone RA, Casavola V, Reshkin SJ. The role of disturbed pH dynamics and the Na+/H+ exchanger in metastasis. Nat Rev Cancer. 2005;5(10):786-95.
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