人間の体内にできたがん細胞は、がん微小環境(Tumor microenvironment)という正常細胞とは異なる環境をつくっていることがわかっています。
このような特殊な環境を作らねばならない理由の一つは、がん細胞が糖代謝に大きく依存していることでした。正常な血管が発達しておらず、低酸素状態にさらされているがん細胞は、生きていくためのエネルギーを産生するために糖分を使うのです。その代謝の過程で産生された酸(H+)は、Na+/H+ポンプを使って細胞外に排出されます。
このようにして作られたがん微小環境の酸性環境は、がんの生存に大きく関わっています。つまり、この酸性環境を中和することが治療につながると考えられています。
体内をアルカリ化する方法
基礎研究や動物実験、臨床試験でアルカリ化の効果があるとわかっているものは2つあります。一つは、食事(アルカリ化食)、もう一つは、重曹(炭酸水素ナトリウム)です。
アルカリ化食のアルカリ化効果
アルカリ化食(アルカリンダイエット: Alkaline diet)については、前の記事でも述べました。食品により酸性の効果があるもの、アルカリ性の効果があるものがあり、尿pHに影響することがわかっています。
ここでは、一つヨーロッパでの大きな疫学研究を紹介します。下図のグラフには、縦軸に野菜・果物の摂取量、横軸に尿pHが示されています。白が男性、灰色が女性です。尿のpHが高くなるほど、野菜・果物の摂取量が増えていることがわかります。

このように、食事で尿のpHが変化すること、食事の内容によってはアルカリ化することがわかっています。しかし、尿pHとがん微小環境のpHがしっかり相関するかどうかはまだわかっていません。がん微小環境のpHを測定することはまだ技術的にも難しいので、測定しやすい尿pHで代用できるのか、今後まだまだ検討が必要です。
重曹(炭酸水素ナトリウム)のアルカリ化効果
重曹を使った基礎研究や動物実験が数多く報告されています。有名なものですと、乳がんのマウスに対して重曹を飲ませて経過をみた研究があります。下の図に示したように、重曹を飲ませると腫瘍のpHが上昇し、アルカリ化することがわかります。青い線が重曹を飲ませたもの、赤い線は重曹の代わりに普通の水を飲ませたものです。そして、がんの経過がどうだったかというと、重曹を飲ませたグループは、普通の水を飲んだグループに比べて、転移が明らかに少なく、生存期間が延びたことがわかっています。

重曹は胃薬としても使われており、人間に対しても安全であることはわかっています。しかし、がん治療に用いた場合の報告はまだまだ少ない状況です。これについては、今後、別の記事で説明したいと思います。
参考文献)
Robey IF, Baggett BK, Kirkpatrick ND, et al. Bicarbonate increases tumor pH and inhibits spontaneous metastases. Cancer Res. 2009;69:2260-8.
Welch AA, Mulligan A, Bingham SA, et al. Urine pH is an indicator of dietary acid-base load, fruit and vegetables and meat intakes: results from the European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC)-Norfolk population study. Br J Nutr. 2008;99:1335-43.