細胞の代謝とエネルギー(ATP)
細胞には生きていくためのエネルギーが必要です。このエネルギーは、ATP(アデノシン三リン酸 Adenosine Tri Phosphate)と呼ばれ、生物が生命活動を行うための代謝反応に必須の化学物質です。
代謝とは、生物が生命を維持するための一連の化学反応のことを言います。例えば、生物が摂取した食べ物を分解して栄養素を取り出して吸収します。そして、不要なものは廃棄されます。細胞レベルでは様々な化学反応が起こり、エネルギーを作ったり、不要な物質の処理を行っています。このような反応は全て代謝です。
正常細胞では、細胞内のミトコンドリアという器官でエネルギー(ATP)がつくられます。ここでは、電子(e-)の受け渡しによる酸化還元反応が起こり(電子伝達)、それに伴って形成されるプロトン(H+)の濃度勾配による電気化学ポテンシャルからATPに変換されるのです。呼吸によって体の中に取り込んだ酸素は血液をめぐり細胞に送られます。そして、酸化的リン酸化という反応の中で酸素は電子(e-)の受け皿として働き、ATPが作られます。
酸素はとても反応性の強い物質であり、ミトコンドリアは酸素を上手に処理してATPを作り出す働きをしています。このエネルギー産生がうまくいかないと有害な活性酸素が多量に発生するため、このような細胞はアポトーシス(細胞の自死)という過程で処理されていきます。
*より正確には、解糖系からクエン酸回路、酸化的リン酸化という反応が、糖分(グルコース)を代謝する反応の全体像となります。酸素がなくても進む解糖系(嫌気呼吸)、酸素がなければ進まない解糖系以降のクエン酸回路、酸化的リン酸化に分けられ(好気呼吸)、正常細胞ではATPのおよそ90%が好気呼吸によって得られています。好気呼吸は、嫌気呼吸に比べて、エネルギーの産生効率がはるかに高いためです。
正常細胞とがん細胞のエネルギー(ATP)産生の違い
がん細胞のエネルギー(ATP)のつくりかた
正常細胞が酸化的リン酸化という酸素を用いた代謝を通じてエネルギー(ATP)をつくっていたのに対して、がん細胞は糖(グルコース)をの代謝を通じてATPをつくります。
ドイツの生理学者・医師であるオットー・ワールブルグ(1931年ノーベル生理学・医学賞受賞)は、低酸素の状態にさらされてATPをつくることができなくなった細胞が生き残るために、糖分をつかったエネルギー代謝を獲得してがん細胞ができていくと考えました。
ミトコンドリアでのATP産生がうまくできない異常な細胞は、通常はアポトーシスにより処理されます。しかし、この処理がうまくいかずに生き残った細胞は、正常細胞とは異なる糖分を使った解糖系によるエネルギー代謝で生きていき、細胞のがん化の原因となるのです。
がん細胞のエネルギー代謝:ワールブルグエフェクト(好気性解糖)
がん細胞がATPをつくるために行う解糖系は、オットー・ワールブルグ博士によって発見され、ワールブルグエフェクト(Warburg effect)と呼ばれています。
正常細胞でも解糖系は働いています。しかし、酸素の豊富な正常細胞では、酸素を用いた酸化的リン酸化の方がエネルギーの産生効率が高いため、解糖系によるATPの産生は限定的です。一方、がん細胞の場合は、酸素がなくてもATPをつくらないとならないために解糖系が活発に亢進しており、これは好気性解糖と呼ばれています。
正常細胞とがん細胞はエネルギー(ATP)をつくる方法が大きく異なっています。つまり、正常細胞では生きていけない低酸素状態を生き残り、特殊な糖代謝によりエネルギーをつくって生きているのが「がん細胞」なのです。
(参考文献)
- Warburg O. On the origin of cancer cells. Science 1956;123:309-14.
- Gatenby RA, et al. Why do cancers have high aerobic glycolysis? Nat Rev Cancer 2004;4: 891-9.